ジョージ・ハリスンは、ビートルズのメンバーとして、
その後はソロ・アーティストとして活躍したロック・スター。
ビートルズ解散後は”2人の天才の影で我慢した力を持つアーティスト”
と言われた。ソロ・デビュー後はビートルズ時代以上に才能を
開花させ、特に代表作"オール・シングス・マスト・パス"は
ジョージ最高の創造的作品として評価が高い。
1943年2月24日生まれ、リヴァプール出身。同じ学校に通っていた ポール・マッカートニー の紹介でジョン・レノンに出会う。 オーディションに合格し、ビートルズの前身バンド”クオリーメン” に加入。その後ビートルズのメンバーとしてデビューする。
68年
ジョージ・ハリスンは映画のサウンド・トラック"不思議の壁"をリリース。
ジョージ初のソロ作品。インド音楽も導入している。
69年
ジョージ・ハリスンはアルバム"電子音楽の世界"をリリース。
シンセサイザーを導入した実験作となった。
70年
ビートルズが解散し、本格的にソロ活動をはじめる。
そして、ジョージ・ハリスンはアルバム"オール・シングス・マスト・パス"
をリリース。このアルバムは見事全米1位に輝いたジョージの最高傑作。
全28曲の大作で質も量も充実した内容、
ビートルズ在籍時からためてきた作品を一気に解き放った。
エリック・クラプトンらの
サポートもこのアルバムのすばらしさに加担し、ジョージのスライド・ギター
も見もの。インド哲学やヒンドゥー教に影響を受けた歌詞も美しい。
73年
ジョージ・ハリスンはアルバム"リヴィング・イン・ザ・マテリアル・ワールド"
をリリース。前作ほどヒットしなかったが、前作同様スピリチュアルな
歌詞が随所に見られる。
74年
ジョージ・ハリスンはアルバム"ダーク・ホース"をリリース。
この頃、妻をパティ・ボイドを親友エリック・クラプトンに
とられ離婚した。数年後にアメリカ人の女性と再婚し、
子供も誕生することになる。
75年
ジョージ・ハリスンはアルバム"ジョージ・ハリスン帝国"を
リリース。
この頃から神秘的な歌詞がなくなってきている。
1曲目の"二人はアイ・ラヴ・ユー"はジョージの代表曲の1つ。
ジョージ・ハリスンは76年に"33 1/3"、79年に
"慈愛の輝き"をリリース。活動を続けるが
80年にかつての仲間ジョン・レノンが射殺されてしまう。
81年にアルバム"想いは果てなく~母なるイングランド"を
リリース。ジョンへ捧げた"過ぎ去りし日々"がヒットした。
82年に"ゴーン・トロッポ"をリリースするが商業的に
大失敗し、少し音楽から遠ざかる。
87年
ジョージ・ハリスンはアルバム"クラウド・ナイン"をリリース。
ジョージの見事な復帰作となり、シングル"セット・オン・ユー"
は全米1位に輝いた。
その後、90年代に入るとジョージはマイ・ペースに活動を続ける。 99年何者かにナイフで襲われ重傷を負うが、幸い命に別状はなかった。 そして、2001年11月29日にロサンゼルスで肺癌で死去。 58年の生涯に幕を閉じた。
02年
ジョージ・ハリスンの死後から1年、ジョージの最後の
オリジナル・アルバム"ブレインウォッシュド"がリリースされた。
最後はというより最後もジョージらしい作品となった。